文藝天国さんの「フィルムカメラ」をご紹介します!
文藝天国は、歌詞もメロディーも映像もすべて世界観が美しいです。
人生にフィルムカメラを比喩して、大事な人との一瞬一瞬を切り取って残しています。
MVのストーリーでは二人で過ごす時間から、後に一人になる過程が描かれており、最後にメッセージが浮かび上がります。
ひとつの物語のように、最初から最後まで心がときめきます。
本記事では、歌詞の内容を考察していきたいと思います。
歌詞に迫る
しゃがみ込んだ春の日差し
麻薬的快感を抱く。
磨りガラスの様な波間で浮かぶ小さな船の上で君はいう。
「泣いた後みたいだね」
そっと君の目が服を焦がすほどに、僕を照らす。
春の日差しはポカポカしてあたたかく、”麻薬的快感”という表現もぴったりです。
二人は小さな船の上で何をしているのでしょう。
「泣いた後みたい」とは、君からみた僕がまるで泣いた後の顔にみえるということですね。
実際のところ泣いていたのかはわかりません。
しかし、君が僕を見る視線は服を焦がすほどに強いのです。
君は何かを感じ取っているのでしょうか。
伸ばしきった君の手が空を透いて
光を切った指の間で今日が暮れる。
風の歌う音、君の鼓動。
一つ一つを切り取って、しまっておくよ。
空に向かって両手を広げると、その指の合間から見える景色が美しいのです。
今日が暮れていくという表現から、時間帯は夕暮れなのかもしれません。
今の全てを心の中のフィルムに切り取って残しておきたい。そんな気持ちが込められています。
シャッターの音が入るのが良いですね。
君の目を見つめるとき、そこに映った僕が見える。
君のこと、知れば知るほどに
僕は僕を知っていくんだ。
一瞬の涙を僕は見逃してしまう。
あとどれくらい君の咲う顔を映せるだろう。
君の瞳に映る自分をみて、君を通した自分を客観的に知っていきます。
君と一緒にいることによって、自分が浮き彫りになってみえてくることも多いのですね。
”一瞬の涙”とは、君が泣いたことを示唆しています。
なぜ泣いたのでしょうか。二人の関係を繊細に描いていますね。
君のことが大切で、この先あとどのくらいフィルムに写すことができるのだろう。
”咲う”と書いて”わらう”と読むところが素敵です。
覗くファインダー。君は僕の気づかぬうちに、
渇き切ったこのパレットに絵の具をくれた。
櫂は撓るほど、進むもの。
一つ一つを切り取ってしまっておくよ。
いつの間にか、僕という乾いた心に君が潤いや彩りを与えてくれました。
カメラのフィルムとかけて、君の存在の大きさを表現しています。
君との大事な一瞬一瞬を心の中にしまっておきたい。
僕らだんだんと歳をとった。
たくさん泣かせてしまってごめんね。
貰ってばかりのこの心だ。
ああ、次の人生は僕が与えるから!
二人は長い間一緒にいて、その間にたくさんの出来事や思い出もあったことでしょう。
彩りや、自分の弱さを受け止めてくれた君に感謝をしています。
君から貰ってばかりの人生だったから、次の人生では自分が与えたい。
来世も君と一緒にいたいという強い気持ちが伝わります。
なかなかそう思える相手に出会うことが難しいですよね。
しわのふえた君の手が頬に触れて
冷たくなった瞼にキスを。視界が晴れる。
雨の伝う頬、君の鼓動
一つ一つを切り取って、しまっておくよ。
歳を重ねて皺も増えた二人は、変わらずにお互いを大切にしています。
二人でいられた時間はどれもかけがえのないもので、すべてを大事にとっておきたい。
なんて幸せな人生なのでしょう。
伸ばしきった君の手が空を透いて
光を切った指の間で僕は終わる。
これが、最後の一枚だ。君の愛だ!
フィルムの切れた僕のカメラ。
最後の瞬間がきます。
僕という人生と残りのフィルムがリンクしています。
最後の一枚は君の愛であり、自分の人生も終わりを告げます。
フィルムのなかには君との思い出がたくさん詰まっていることでしょう。
どんな瞬間も大事に、シャッターを切ってきたのですから。
最後に
いかがだったでしょうか。
歌詞の言葉のセンスも含め、本当に美しい世界観です。
この世の中にはたくさんのラブソングがありますが、文藝天国らしい愛の歌が胸に響きます。
人生はあっという間です。
相手を想う気持ち、優しさ、一緒にいられる時間、その全てを大切に抱きしめているような楽曲です。
ぜひ何度もご視聴ください!